remio’s diary

ダウン症を持つ2歳の女の子のママ👶❤️育児日記や日々の記録をしていきます💋

ダウン症と宣告されたとき


娘を出産したときの話。


私が妊娠したのは21歳のとき👶


何故か周りの友達も早くに結婚していて

子供も早くに産んでいる子が多かったな。

これから出産を控えている私は
周りに先輩ママが沢山いて

とっても心強かったなぁ〜。




予定日4日遅れの
4月産まれの女の子。


お腹にいたときも異常無しで
正常分娩のスーパー安産でした!


年齢的にも羊水検査や出生前診断
進めてくるお医者さんもいなく

私自身もまさか高齢でない自分に
そんなリスクがあるとは

1ミリも感じていなかった。


周りの友達も皆元気な
赤ちゃんを産んでいたし

周りで障害をもつ子を出産したなんて
話は耳にしたこともなかった。


出産当時の様子。

産声は弱々しくすぐ泣き止んだ娘。

私もパパもつり目では無いのに
娘は少しつり目だったのが気になったが

産まれたばかりだから
浮腫んでるのかな〜と思い

その時は特に違和感は感じなかったな。





出産1日目。

出産して24時間も経たないとき

看護婦さんが病室に
真剣な表情でやってきた。

「先生からお話したいことが
あるみたいだから..
旦那さん呼べるかな?」


もうこの時点で何か嫌な予感はした。


「仕事中なので電話も出れないと思います..
私だけじゃダメですか?」

看護婦さんはさらに真剣な顔で

「大事な話だからパパさんにも
聞いてもらった方がいいかな。」


もうこの時点で涙が出そうになった。

パパに電話しながら
色んな思いがかけめぐった。

病気かな..まさか障害が..?


パパに電話が繋がって事情を話して
少し沈黙になったとき、

ダウン症なのかな..」と切り出した。


そういえば少し目がつり目だな
と思っていたし、なんとなく顔が
どちらにも似ていない...

私の中では"娘はダウン症かも"という
不安でいっぱいになった。


まだ宣告もされていないのに
電話を切ったあと、パパを待ってる病室で

"ダウン症" "特徴" "つり目"

というワードを調べた。


調べれば調べるほど不安と恐怖で
いっぱいになった。

仕事を抜けパパがかけつけてきて
産後のボロボロの身体で先生のところへ。



パパが先生とお話して

私はうつむいたまま話を聞いてる。


娘の身体の特徴を色々説明されたあと

先生の口から

ダウン症の可能性があります。」




目の前が真っ暗になるって
こういうことだ...

涙がどんどんどんどん出てきて
前が見えない。



あぁ..神様。
なんで私なの。




あの時の衝撃はとんでもなかったな。


22歳の私にはあまりにも酷な現実を
突きつけられた瞬間だった。



障害のある子を育てられるわけないし

私の未来は終わった..

一緒に死んでしまおうかな...


そんなことまで考えた。




普通だったら出産して
愛する我が子が産まれて幸せです!って

幸せでたまらない瞬間だと思うんだけど



私には地獄だった。



病室の隣のベッドからは
子供を抱いて皆に祝福され幸せそうな
会話が聞こえてくる。


自分の子供の誕生を喜べないし

我が子を見るのが辛くて

授乳時間になっても
新生児室に迎えにいけない

お腹が空いてる我が子に
おっぱいもやってやれない...



そんな自分に嫌気がさした。

最低だ。

我が子の誕生を喜べないないなんて。




パパの家族にはなんて言おう

友達にはなんて言おう..

そんなことばかり考えて


障害のある子を産んでしまった..

誰からも祝福されないだろうな。

元気な赤ちゃん産んであげられなくて

ごめんなさい。って。



出産して退院するまで
泣かない日は無く

毎日出目金ちゃんのような目だったw


今までもこの先もあれほど
泣くことはもう一生無いってくらい。

あの期間で一生分の涙出たわ。


とにかく病院での記憶は
地獄のような時間で

思い出すといまだに泣けてしまう!



でも当時辛かった記憶なんだけど

今はその日に戻ってやりなおしたいって思う。



その日に戻って


愛する我が子の誕生を心から喜びたいし

思いっきり抱きしめてあげたいし

笑顔で迎えてあげたい。



こんなに可愛いって知ってたら
それができてたはず。




あの時間は本当一生の心残り。



あなたが産まれたとき
泣いてばかりいたママを許してください。

今なら心から言える
ママのところに産まれてきてくれて
ありがとうって。